とんでもない哲学書。石田ゆり子『Lily -日々のカケラ-』

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これからの生き方を模索する中で、1冊の本に出会った。

なぜこの本にひっかかったのか、分からない。
どこで知ったのかわからないけど、無性に読みたかった。
Kindleに電子版がなかったので、紙の本を購入した。

結論からいうと、これはとんでもない本だった。

表面的には、タレントのフォトエッセイの体をなしているが、この本はもはや「哲学書」だと思った。

自分の見てきた世界にはない、もう1つの世界を見ているかのような衝撃を受けた。
こんな生き方もできるんだと、今までの常識が崩れ落ちるかのようだった。

「石田ゆり子」という人間の生き方。
幸福、自然体であること、歳をとること、結婚について、仕事について。
今自分が弱ってるからかもしれないが、この凄まじいまでの幸福感に包まれた生き方に、惹かれてしまった。
自分が今まで生きたことがない、世界。

石田ゆり子さんと、自分を照らし合わせ、いかに自分が「世間の常識」というものに縛られ、
日々の幸せが欠落し、大志だけを追った、灰色の人生を送っているかがわかる。

僕は、結局自分のやりたいこと、やりたい仕事、夢が一番で、日々のことなど考えてもいないのだ。
「自分の気持ち」なんてものも大事にしてこなかったように思う。
これが、男性的・女性的なものの違いなのかはわからない。
自分だけがそうなのか、男はだいたいそうなのか。

ゆり子さんの生き方は、「禅」的な考え方と重なる部分が多いなと思った。

さらさらと流れる時間に逆らわない。
自分の心の中の子供と向き合って、自分を自浄する。
未来や過去を憂いない。
自然に、潔く。
淀まず、止まらず。

憧れる、自然な生き方。

僕は、小さい頃から「もののけ姫」が大好きで、全アニメ作品で一番好きなキャラクターと聞かれれば、迷わずヒロインである「サン」と答える。
そのサンの声優である石田ゆり子さんは、僕にとって現実に生きる「リアルサン」であり、昔からの憧れの人だ。

そんな石田ゆり子さんと、僕は一瞬会ったことがある。
僕は北海道の夕張市という、山奥の過疎の街で生まれ育ったのだが、そこで「北の零年」という映画の撮影が行われた。
その時はまだ中学生だったと思うが、エキストラが足りないということで、撮影に参加したことがある。
本州から北海道に渡ってくる農民役で、行列の後ろの方にちょこっと映っただけだったが。

それでも、休憩中や、役者さんたちがホテルに帰るバスで、石田ゆり子さんを見ることができた。
この世のものとは思えないほど美しい人だなと、子供ながらに思った。

映画を撮り終わった後、夕張の人のために写真撮影会も開いていただいた。(本当に感謝)
僕は中学生ということもあり、前の方に行かせてもらい、ゆり子さんのすぐ後ろで写真に映った。

そして、それから10年とちょっと経ち、たまたまゆり子さんの本に出会い、人生観が変わるような体験をさせてもらった。

あの撮影の時、ほんの数秒だが、自分の人生と石田ゆり子さんの人生が重なっていたということが、とても幸せに思う。

この本のとてつもない思想エネルギーを、僕はこれからどう落とし込んでいけるか。
それはまたこれから。
とにかくは、「美しく生きる」というのは良いなと思う。

あんまり、僕のような男が「美しく」なんていうのは気持ちが悪いのだが、
それはソクラテス的にいうところの、「善く生きる」ということなんだと思う。
それに、幾分かの華やかさを加えたのが、ゆり子さんの美しい生き方なんだと感じる。

今はただ、この本に出会えたことに感謝し、石田ゆり子さんにありがとうと言いたい。


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